9月1日は娘の16才の誕生日。

先週ほぼ一週間原因不明の頭痛で学校を4日と2時間休んだ。

内科で診てもらい、脳神経外科でMRIを撮り、血液検査でも、一切異常はなかった。

なのに、酷い頭痛で起き上がることも、水を飲むことすら辛く、動けないし、車の振動も耐えられない状況だった。

食欲はあるし、頭痛以外はなんともないのに。

娘は3、4歳頃からずっと「死にたい!」と言っていた。

こんな幼い子が「死にたい!」なんて、まさか。

でも、それからも幾度も口にした。

小3の頃は数回、家出もした。

居なくなって、夜中に探し歩いたことも。

その頃も「死にたい!」と言っていた。

小5で大きな問題を抱えた。

日に日に変わっていく娘を一番そばで見ていながら、私はどうしてやることも出来ずにただ悲しんだ。

「どうしたらいいか?」私は考え、ストレスになるようなものを全て娘から離した。

塾も習い事も、子供会も。そして、一番に改めたのが私の価値観。

それまでの私はガチガチの完璧主義。

宿題をしないなんてあり得ない。

提出物を出さない、遅れるなんて、あり得ない。

娘は私の価値観とは全て正反対だった。

それは娘を追い込んだ原因のわずかなひとつだった。

それだけではなかった。娘をそこまで追い込んだ原因は。

幸い一年ほどで娘はそこから抜け出した。

でも、「死にたい!」は続いていた。

娘が中1になりやっと落ち着いたと思っていたら、先生に宛てた将来の夢が「両親には申し訳ありませんが、出来たら今すぐ死にたいです。」だった時、愕然とした。

誰も何も報われていない。

しばらくは私も主人もどうすることも出来ずにいた。

そんな時、「私は変わりたい。」と思った。

「娘を救いたい!」ではなかった。

私が変わりたいと思ったのだ。

その時だった。

私がアクセスバーズに出会ったのは。

頭を軽く指で触るだけで、「人生が変わる」と言うキャッチコピーを信じたわけではなかったけれど、私は期待した。

「もしかしたら、娘を救えるかも。」と。

あまりに期待し過ぎると逆に効果を減らしてしまうことに数ヶ月してから気付いたが、そこから私たち親子はどんどん変わっていった。

一年前には「前向きに死にたいとは思わなくなった。」となり、半年前からは「生きるって楽しいね!」になった。

私の完璧主義は無くなり、こうあるべき、と思うことも無くなった。

部活に行こうとする娘に部活をサボって海に行こうと誘ったり、「気が向かないなら辞めたら?」と軽くそそのかしたり。

「普通」ではないのかもしれない、笑

受験の時ですらそうだった。

人には恥ずかしくて言えないような親だ。

私が親子のための居場所作り、カウンセラーになると決めた時も娘が一番応援してくれた。

そして、Xメンのクラスを受ける時、娘は留学したいと言い出した。

私が本気でやっていく事がわかったから、娘はやっと私から解放されたのだ。

今度は娘が自分のために人生を生きる番なのだ。

私は娘に感謝している。

私に気づかせるためだけに私の元に生まれて来てくれたこと。

今まで自分を犠牲にしなから私に気づかせようとしてきてくれたことを。

今度は私が娘を応援する番だ。

私は娘の全てを認めて信じている。

何があっても大丈夫。

娘なら、大丈夫と。

今この大きなデトックスは、生まれて来てからの16年間の、いや、もっと前からの、自分を偽りで生きてきた我慢を強いられた間のデトックス。

本当は違うのに、人間の普通に合わせようと無理をしていたものが全て出てきたのだ。

もう偽らなくて良い。

本当の自分で生きて行って欲しい。

これからまたどんなものを見せてくれるのか

どんな経験をさせてもらえるか

親子で居られる時間を

もう少しだけ楽しませてもらおうと思う。

誕生日、おめでとう!!

生まれてきてくれてありがとう…!!