「死にたい」
と、娘が初めて口にしたのは4、5歳の頃。
天真爛漫、自由奔放がピッタリの活発で遊びの天才。やりたい事は誰が止めてもやる。
保育園でもつま先から頭のてっぺんまで泥だらけで遊ぶことも度々あるほどの元気でやんちゃな、悩みなんてあるはずもないと思っていました。
でも、とても楽しそうにしていると思っていたら
「死にたい。」と言うのです。
その時は信じられないのと、言葉が理解出来ていないからではないかと気にとめませんでした。
それから、次は小3くらいの時にまた
「死にたい。どうしたら死ねる?」
と。
その時は保育園時代に言った死にたいが本当だったのかと愕然としました。
何度かそんなことが頻繁に続き、その度に慰めてなだめました。
しばらくそんな事が続き、だんだんかわいそうに思えてきて。
こんなに小さな子が長い間死にたいと思いながら生きることがどれだけ辛いことか。
何度も何度も繰り返して、遂に
「そんなに死にたくて苦しいなら死んでもいいよ…。」と言ってしまいました。
私は母親失格です…。
もちろんお姑さんにめちゃくちゃ叱られました。
死にたいくらいの苦しみ、この子は何に苦しんでいるのだろう…。
結局、理由はわからないまま。
そして、高学年でまた大きな問題を抱え。
1年弱かけて乗り越えました。
壮絶な時間でした!!
本当に苦しかった。
やっと乗り越えた!
そう安心できた時、また見つけてしまいました。
「両親には申し訳ないけれど、出来れば死にたい。」と担任の先生とのやりとりの言葉。
まだ駄目なんだ…。
とても虚しくて悲しかった。
そんな時出会ったのがアクセスバーズでした。
何かを変えたい、変わりたい!!
2017年12月にアクセスバーズを娘と習い最初から劇的な変化はありませんでした。
でも、娘や家族に何度もアクセスバーズを施しながら、色々なクラスに娘と一緒に参加して沢山の素晴らしい出会いがあり、楽しくて仕方ない大切な存在になっていました。
心身を消耗して帰宅すると娘は「バーズして!!」とせがみます。
苦しくて話せないような時も何も話さなくてもアクセスバーズが助けになりました。バーズをするとすっきりと悩みがクリアになり、翌日はまた新しい気持ちで登校できるのです。
また、眠れない時にもアクセスバーズで質の良い眠りにつき、翌朝はスッキリしています。
そのうちに私は自分の使命に気づき、娘もそれを応援してくれていています。
娘は「自分が苦しんだから、今同じように苦しんでいる子がいたら私が言ってあげたい。大丈夫!って。」と言っています。
そして、今はなんと、「前向きに死にたい」とは思わなくなり、ただ誰が自分を殺しにきた時は命を差し出すレベルまで変わりました。
これからもアクセスバーズを続け、殺しに来ても「絶対に死なない!!」になることが次の課題です。
まだまだ、私達親子の鍛錬は続きます!!
きっともっと自由になれる。
きっともっと楽しくなれる。
きっともっと幸せになれる。